甘納豆処「斗六屋」
2026年07月06日更新
目次
種から育てる持続可能な未来 ― 甘納豆で伝統と革新を紡ぐ「斗六屋」
少子高齢化が加速する日本では、伝統を受け継ぐ職人の高齢化や後継者不足により、多くの老舗が廃業を余儀なくされている。京都市内の甘納豆専門店も例外ではなく、近年わずか5年の間に3軒が店を閉め、現在は4軒を残すのみだ。そのなかで京都・壬生にある甘納豆処「斗六屋」は、4代目となる近藤健史さんの舵取りにより、伝統を守りながらも革新的な取り組みで新たな可能性を切り拓いている。
1926年(昭和元年)の創業以来、京都の甘納豆文化を担ってきた斗六屋。「甘納豆は単なるお菓子ではなく、人と自然をつなぐコミュニケーションツール」という独自の視点で、環境への配慮、伝統文化の継承、そして多様性への対応を同時に実現している。さらに近年では、サステナブルなチョコレートベンチャーと連携した「加加阿(カカオ)甘納豆」の開発など、新たな挑戦も続けている。
甘納豆という伝統菓子が持つ可能性を世界に広げ、次世代につなぐために奮闘する斗六屋の取り組みから、伝統を活かしたイノベーションのあり方を探る。
「種」という視点から捉え直す ― 甘納豆の新たな価値
斗六屋の4代目・近藤健史さんが家業に入ったのは2016年。それまでは全く異なる研究職のキャリアを歩んでいた近藤さんだが、家業を継ぐにあたり、甘納豆という伝統菓子の価値を自らの視点で捉え直す作業から始めたという。
「私が家業に入った時、甘納豆に対するイメージはごく一般的なものでした。お年寄りが食べるお菓子というイメージが強く、実際にお客様も60歳以上がほとんどでした」
そんな状況に対して近藤さんは危機感を抱いていた。「このまま10年後にお客様は残っているのだろうか」という素朴な問いが、斗六屋を変えるきっかけとなった。
また、製造工程での環境負荷についても葛藤があったという。甘納豆の製造には大量の砂糖を使用し、1回の仕込みで30kgもの砂糖を10袋以上(約300kg)使うこともある。そうした大量の砂糖を使うことへの疑問や、それが世の中にどのような価値をもたらすのかという問いを、近藤さんは常に抱えていた。
「事業を残していきたいという思いと同時に作るなら世の中のためになったり、人に喜ばれたりする商売にしたいという思いもありました」
転機となったのが、2018年にイタリアで開催された「スローフード」(地域の伝統的な食文化を大切にし、食への関心を高めることを目的とした社会運動)のイベントへの参加だった。世界中から多様な食文化や食品が集まるこのイベントに、甘納豆を出品したのだ。
若い方に知っていただこうと思ったんです。若い方に知ってもらわないと職人文化は残っていかない。そのためには海外の評価を受けることも一つの方法ではないかと」
しかし、イタリアでの反応は芳しくなかった。食文化の違いから、豆を甘く味付けする甘納豆は現地の人々には馴染みがなかったのだ。一方で、甘納豆がグルテンフリーで植物性であること、健康的なイメージがあることなど、新たな可能性も見出した。
「世界中の人が喜んで食べているお菓子は何かと考えた時、チョコレートとジェラートが浮かびました。この2つと甘納豆を組み合わせれば、海外の方にも喜んでいただけるし、日本の若い方にも通じるのではないかと思ったんです」
この経験から生まれたのが、京都のチョコレートベンチャー「Dari K」とのコラボレーションによる「加加阿甘納豆」だった。カカオ豆を使った甘納豆という新しい発想は、テレビや雑誌にも取り上げられるヒット商品となる。
「カカオの甘納豆を作った後も、やはり甘納豆のイメージは変わっていないなと感じました。そこで甘納豆という名前にこだわるのではなく、もっと本質的な部分、つまり『種』という視点から捉え直してみたんです」
そこで生まれたのが新ブランド「SHUKA/種菓」だ。豆も果物の種も、すべては「種」という共通点を見出し、「種のお菓子屋」というコンセプトで2022年10月に新たなブランドとして立ち上げた。
「甘納豆も自然を大事にしているお菓子です。豆本来の色や形を残すことが甘納豆の特徴で、着色もせず、素材の元々の個性や生命力を大切にする。自然を大事にするという価値観をこの菓子を通して伝えられたら素晴らしいなと」
伝統と革新のバランス ― 若い世代にアプローチする新戦略
新ブランド「SHUKA/種菓」の立ち上げは、斗六屋にとって単なるマーケティング戦略ではなく、甘納豆という伝統菓子の本質を現代に伝える新たな試みでもあった。しかし、100年近い歴史を持つ老舗が変化することには、様々な葛藤も伴う。
「BtoB(業務用卸売)がメインだった事業を、BtoC(消費者向け)に舵を切るというのは大きな変化でした。でも、それによって若いお客様が増えてきたのは喜ばしいことです」
実際に新ブランド「SHUKA/種菓」と加加阿甘納豆の展開後、斗六屋を訪れる客層は大きく変わった。従来は60代以上が中心だったが、30代から40代の顧客が増え、学生も来店するようになったという。さらに、外国人観光客も訪れるようになった。
「甘納豆のイメージが変わったと言ってくださるお客様も多いです。もしかしたら甘納豆とは気づかずに手に取られる方もいらっしゃるかもしれません。甘納豆から生まれた『種のお菓子屋』というブランドを通じて、逆に甘納豆に出会い直すような流れができています」
こうした変化は雇用面にも良い影響をもたらしている。若い世代も斗六屋に興味を持ち、20代のスタッフや新卒者が入社するようになった。甘納豆という職業の存在を知り、興味を持つ若者が増えることは、伝統文化の継承にとって大きな一歩だ。
「作り手がいないと職人文化も残っていきません。新店舗が製造工房と販売とで一体になっているのには理由があります。お客様が来店された時に作っている仕事が見える。小さなお子さんが来られた時に、隣に工房があることで作り手の職人仕事を自然と知ってもらえる。それも職人文化を残していく上で必要だと思っています」
環境との調和を目指して ― サステナブルな甘納豆づくり
伝統文化の継承と並行して、斗六屋がとくに力を入れているのが環境への配慮。製造過程での環境負荷を減らすための取り組みは、近藤さんが家業に入った当初から課題意識を持っていた領域だ。
「従来は安価だった重油ボイラーを使っていましたが、今は全て電気に切り替え、さらにその電気も自然電力を使用しています。これにより月に約565キログラム、植林効果で言えば40.2本分のCO2削減効果があります」
また、洗浄においても環境に配慮した方法を採用。高圧洗浄機を使うことで、洗剤を使わず水だけで器具を洗浄している。排水の環境負荷を減らすためだ。
さらに、甘納豆の製造過程で生じる副産物の活用にも取り組んでいる。
「甘納豆を作る際、砂糖漬けという技法でシロップを作り、そこに豆を漬け込んで数日かけて甘さを染み込ませていきます。その過程で必ず余ってしまうシロップがあるのですが、これまではなかなか有効活用できませんでした。この余ったシロップを使ったジェラートや他の商品開発を進めています」
このような環境への配慮やフードロス削減の取り組みは、新店舗の展開にも生かされている。 2022年には事業再構築補助金を活用して新店舗を開設し、甘納豆の製造過程で生じるシロップを活用したプラントベースのジェラートの提供を始めた。
「甘納豆の若年層への認知向上はもちろん、廃棄していたシロップの活用、閑散期の夏の商材としての役割も期待しています。地元の豆乳や他の和菓子とのコラボレーションにより、地域全体への波及効果も目指しています」
甘納豆のもつ多様性の力を活かす
斗六屋が甘納豆の新たな可能性として注目しているのが、その「多様性への対応力」だ。甘納豆は完全植物性であり、多くのアレルゲンを含まず、宗教上の制約にも対応できる。
「甘納豆は豆を使う点で日本の食文化の一つであり、完全植物性で菜食主義に対応でき、アレルゲンを含まない。また宗教上のハラールなどにおいても該当しないといった食材です。様々なフードバリア(ヴィーガン、宗教などの価値観やアレルギー)に囚われない、世界中の人に喜んでいただける可能性を持つスイーツなんです」
こうした甘納豆の特性を活かし、斗六屋では海外の素材を使った商品開発も積極的に行なっている。
「産地のサステナビリティを追求するDariKのインドネシア産カカオ豆を年間約250kg使用しているほか、フィリピンの生活の質向上を目指すココナッツ専門店ココウェルのココナッツシュガーも300kg使用しています。これからも、甘納豆の継承のためにも世界に目を向け、価値ある素材・文化をつなぐ取り組みをしていきたいです」
海外との連携は若手の採用にも良い影響をもたらしている。現在、斗六屋でインターンをしている学生は、「豆は環境負荷が少なく、気候変動問題の解決に貢献できる。豆の良さをもっと広げながら、課題解決に取り組みたい」という理由で応募してきたという。
「若い世代は環境問題や社会課題に対する意識が高い。甘納豆という伝統菓子が、そうした現代的な課題解決にも貢献できることを示していくことも大切だと思っています」
世界を変える種の力 ― 甘納豆から広がる持続可能な未来
近藤さんは将来的に「SHUKAランド(種のテーマパーク)」を設立するという構想も温めている。これは甘納豆づくりから得た「種」への敬意と愛着が原点となっている。
「種を楽しむ」という考え方は、斗六屋の企業理念「一粒一命」にも通じる。一粒の豆が一つの命、種であることを尊び、素材を無駄にしないオペレーションや、品種を大切にした素材選びを大切にしている。
「甘納豆は素材を伝えることができるお菓子です。形も残り、商品名も素材の名前になります。甘納豆の普及は、地元の名産である丹波の小豆、黒豆、栗の伝承にもつながります。これらの素材は、日本の食文化にとっても欠かせないものです」
近藤さんの挑戦は、単に甘納豆という一つの菓子を守るだけでなく、日本の食文化や農業、そして環境問題まで視野に入れた壮大なものだ。伝統を守りながら革新を続けるその姿勢は、日本の伝統産業全体にとっても大きな示唆を与えてくれる。
「初代が掲げた『都名物』としての、高い品質の甘納豆を提供し続けること。その志を引き継ぎつつも、甘納豆は単なる菓子ではなく、人と自然とを繋ぐコミュニケーションツールだと捉え、『価値ある素材を次世代へつなぐ』こと。それが今の私たちのミッションです」
種から生まれ、種を大切にし、新たな種を蒔き続ける斗六屋の挑戦。それは、「伝統と革新のバランス」を模索する日本の小さな企業が、持続可能な未来へとつながる道筋を示してくれているのかもしれない。
取材後記
取材を通して印象に残ったのは、甘納豆を「種」と捉え直した本質を見極める力とその力強さだ。単なるマーケティング戦略としてではなく、近藤さん自身が試行錯誤の中で見出したその本質は、斗六屋の存在意義と未来に向けた新しい可能性を表すキーワードとなっている。
甘納豆という伝統菓子は、近代化の中で「古臭い」「年寄りのお菓子」というイメージが定着してしまった。しかし、近藤さんは、その「古さ」の中にこそ現代社会に必要な価値があると気づき、「自然を大切にする」「多様性に対応する」「環境負荷を減らす」といった現代的な文脈で甘納豆の価値を再定義した。
この発想の転換は、日本の多くの伝統産業が直面している課題にも通じるものがある。伝統を守るだけでなく、その本質を見極め、現代のニーズや価値観に合わせて再解釈、発信していくことが、伝統を未来につなげる鍵なのだろう。
「一粒の種」のような小さな存在が、時間をかけて大きく育ち、やがて新たな生態系を広げていく。そんな自然のサイクルのように、斗六屋の挑戦も、少しずつ社会に広がり、新たな価値を生み出し続けていくことを、これからも応援したい。
[取材:株式会社ジャムセッションズ 井上良子/河村翔]