レポート

株式会社ニシザワステイ

2026年07月06日更新

活かし合うつながりが生み出す持続可能な観光の形 ― 地域と旅行者をつなぐニシザワステイの挑戦

観光客でにぎわう祇園エリアにある京都・東山で「KYOMACHIYA-SUITE RIKYU」を運営する株式会社ニシザワステイ代表取締役の西澤徹生さんは、自社の成長のみならず地域全体が豊かになっていく「地域に還元する観光業」を目指し、日々地道な実践を重ねながら観光業の存在意義そのものを問い直している。

大量のインバウンド観光客を迎え入れることが商業的には「成功」とされ、その一方で「オーバーツーリズム」が社会問題となる現代の観光業界。利益の追求や効率化を重視する流れの中で、西澤さんはあえて「1日1組限定」の宿を営み、「チェックインは必ず対面で」という方針を貫いている。一見、非効率にも思えるその選択には、「観光は地域に何をもたらすべきか」という深い問いが隠されている。

「経済性と社会性の両立」「地域に対する責任」「観光を通じた真の交流」—— 西澤さんが掲げるこれらのキーワードは、ポストコロナ時代の観光のあり方を模索する上でも示唆に富んでいる。彼が9年前に一棟の町家から始めた取り組みは、現在、地域と旅行者、企業と企業をつなぐ交流拠点「SIGHTS KYOTO(サイツキョウト)」の運営へと広がり、京都の観光業界に新たな可能性を示しつつある。

「地域の価値」を守り、伝える宿づくり

「もともとここは祖母の家だったんです」

株式会社ニシザワステイ代表取締役の西澤徹生さん

西澤さんは穏やかな表情でそう語り始めた。彼が旅行会社に勤務していた頃からの夢だった宿泊業を始めたきっかけは、祖母の家が空き家になったことだった。東山地区は空き家率が20%にも達するという。

「空き家問題は社会問題というより、自分事でした。祖母が亡くなり、5年程空き家のままだった。京都市内では古い町家が年々減少していますが、保存したくても大工仕事が必要になるためどうしてもお金がかかる。結果として放置されてしまう町家が増えているんです」

西澤さんは、宿泊施設としての収益を町家の維持・保全に充てる持続的なビジネスモデルを採用しているが、とくに宿泊施設にすることの利点は、将来的に住宅としての転用が容易な点にあるという。

「50年後、100年後を考えたとき、宿として使わなくなったとしても、クローゼットを一つ追加すれば住宅として使えます。例えば飲食店などに改装すると転用が難しくなりますが、何に使うかが重要で、宿として使わなくなっても住宅として残せる可能性があるんです」

西澤さんが運営する「KYOMACHIYA-SUITE RIKYU」は、とくに外観にこだわりがあるという。町家の風情を大切にした外観は、通りを行き交う人々の目を楽しませるだけでなく、地域のアイデンティティを表現しているのだ。

「内部だけでなく外観にも投資しました。地域の人からも『地域のアイデンティティを感じる』と言ってもらえるよう、人々が写真を撮りたくなるような外観にこだわった」という心意気からは、単に自社ビジネスの成長だけを追求していては出てこない、観光業がいかに「地域全体にインパクト」をもたらすかという視点が感じられる。

地域全体の経済性と社会性の両立を目指して

西澤さんの取り組みは単なる空き家活用にとどまらない。彼が大切にしているのは、観光が地域にもたらす価値とその分配のバランスだ。

「宿泊料を高い料金設定にしているのは、コンビニでご飯を買って済ませるような志向の方ではなく、地元の料理屋さんで食事を楽しむような地域にお金を落としてくれる質の高いお客様に来ていただきたいからです。どんなに多くの旅行者が来ても地域に還元できなければ観光業を営む意味がありません」

そこで西澤さんは、あえて宿では食事の提供をほとんど行わないという選択をした。お客様には外の飲食店で食事をしてもらうことで、自分たちの宿泊施設だけでなく地域全体に経済効果が広がることを目指している。自社施設だけでなく地域に質の高い観光客を呼び込み、波及効果を広げるための戦略だと話す。

また、業界では自動チェックインシステムの導入が増えている中「RIKYU」では、チェックインを必ず西澤さん夫婦のどちらかが対面で対応するという方針を貫いている。あえて対面でのチェックインにこだわるのは、旅行者と直接コミュニケーションを取ってモラルを守ることが、地域の方からの信頼を失わないために大切だと考えているからだ。

さらに、客室内のベッドやパジャマ・タオルといった家具や備品にも地元京都のお店の商品を積極的に使用し、地元の産品を使うことで商品を気に入ったお客様が実際にそのお店に足を運ぶきっかけをつくっている。「自分たちの宿が“地域のショールーム”のような役割を果たすよう意識している」という。

RIKYU室内の様子

「S認証を取得したことは、今までやってきたことを言語化して持続可能な観光のあり方を示すよい機会になりました。地域経済への還元や活性化につなげながら、さらなる交流や新たな地域イノベーションを生み出すために2022年から始めたのが“SIGHTS KYOTO”です」

「SIGHTS KYOTO」で見たかった景色

西澤さんが一棟貸しの宿だけでなく、地域の新たな交流拠点として「SIGHTS KYOTO」を立ち上げるに至ったのは、ずっと抱え続けていた思いが原動力になっている。

「一棟貸しの宿泊施設の数を増やして売上を上げることは簡単ですが、そのことで(オーバーツーリズムにより)町に悪影響を及ぼすのは避けたい。また、貸切の高級宿という空間で接客をするだけでは生み出せない“人との真の関係性”を作り出したい」という思いがずっと引っかかっていたという。

「一棟貸しだけやっていても手をつけられていない課題がたくさんありました。観光客の方がお金を払って地域の文化や体験をしていたとしても、そこに地域の人は関わっていない。旅行者と地域の人が分断されていて、両者の真の交流を生み出せていなかったんです」

そこで、1階にはおしゃれなバー、2階に和室のコワーキングスペースを備える複合施設を新たにつくり、自然と旅行者と地域の人たちが混ざり合う空間を生み出した。さらに、西澤さんが実践したのは、「SIGHTS KYOTO」で食事を提供しないことや、バーでありながら夜は9時に閉めるなど、あくまで「入り口」「きっかけ」としての役割に徹したこと。一棟貸しの宿「RIKYU」の運営と同様に、周囲の地域の飲食店にお客さんがめぐってもらうことを意図したのだ。

「SIGHTS KYOTOという場所は入り口であり、きっかけであることを忘れないようにしています。この場所で完結してもらっては意味がないので、必要な機能以外は思い切って削ぎ落としています」

今では、コワーキングスペースの会員さんや、たまたま飲みにきた地元の方が旅行者に勝手に観光案内をしているという、西澤さんが見たかった景色が既に当たり前になりつつあると語ってくれた。『日本滞在中のハイライトがSIGHTS KYOTOでした』という声をいただくことも増えたという。

祇園に程近い宮川町という観光エリアにありながら、SIGHTS KYOTOには今日も地域の人と旅行者、地元企業と外部企業など、学生から社会人まで国籍も地域も多様な人が出入りし、これまでになかった新しい交流が次々と生まれている。

SIGHTS KYOTOでの交流の様子

思いがけない気づきから展開する、新たな可能性

SIGHTS KYOTOを開設して約1年が経った頃、多様な交流をつなぐうちに新しい可能性にも気づいた。

「地元の人と旅行者の交流だけでなく、地元企業と外部企業の交流というニーズもあることに途中で気づきました。地域企業の方だけでなく外部の企業様にも多く来ていただく中で、個人同士だけでなく企業間の交流の場としても機能し始めているんです」

この点SIGHTS KYOTOがユニークなのは、企業間の交流であっても「人としての関係性」が起点になる点だ。形だけの異業種交流会ではなく、肩書きを脱いだ個人が最初は雑談から始まり、共通の話題で盛り上がるうちに関係性が深まることで、結果としてビジネスの話にもつながる。

そんな新しい可能性をさらに広げていきたい西澤さんは、さらなる交流やイノベーション創出につなげるため、東京の副業人材を採用し、京都への企業誘致にも力を入れ始めている。

「東京在住の30代の人材2名を副業担当として採用しました。企業誘致は、何も行政だけが力を入れるべきことではなく、日頃から交流をしている拠点だからこそ、win-win-winの関係を作りやすいと思うんです」

スタッフ写真

2024年度からは、京都市のソーシャルイノベーション研究所(SILK)が拠点として正式に入居したことも地域間・企業間の交流を後押ししている。昨年1.2万人が来場したスタートアップのイベントIVS KYOTOのサイドイベントの会場としても利用されたSIGHTS KYOTOは、ここにくれば面白い人と出会える、「京都」という都市の入り口にもなり始めている。

地域全体の豊かさを願って始めた宿泊業や交流拠点の運営の先に、西澤さんがいま見据えているのは、「世界一のホテルをつくる」というさらに大きな構想だ。

「SIGHTS KYOTOに入居されている企業や個人、みんなで一緒にワクワクするような場所をつくりたいと構想中です。ただ旅行者が泊まるだけではなく、自分たちの取引先等を含む地域の方々も行き交うようなホテルを計画しています」

もちろんこの構想でも、規模や数を追い求めることは彼の目的ではない。観光業全体の認識を変えていくため、多くの観光客を受け入れている施設として「オーバーツーリズムの問題に正面から向き合い、観光業が迷惑ではなく地域に貢献する業として認知されるよう、自らアクションを取りたい」と決意し、そのための協議会を立ち上げ中だ。

「観光業が地域にとって良い存在であることを示すためには、業界全体で変わっていく必要があります。私たち自身が自分の仕事に誇りを持つためにも、みんなで力を合わせていきたいと思っています」

そのプロセスの一環で「東山マニフェスト」の作成にも取り組んでいる西澤さんは、観光客が増えるほど地域が疲弊するのではなく、地域全体で観光客を迎える風土を醸成し、観光業による利益を地域のステークホルダーに循環させていくことで、地域社会が豊かになる実践をこれからも続けていく。

取材後記

西澤さんとの対話を通じて印象に残ったのは、「地域に還元する観光業」を目指し地域全体で観光客を迎えたいという信念が、日々の細やかな実践に裏打ちされていることだ。地域の工芸品を使い、地元の飲食店を紹介し、対面でのコミュニケーションを大切にする。それらの積み重ねが、地域と旅人をつなぐ信頼関係を築いている。

また、SIGHTS KYOTOという場が生み出している「同じ場所を共有する」という経験価値も見逃せない。観光がもたらす経済効果だけでなく、そこで生まれる人と人とのつながりにこそ、持続可能な観光の本質があるのかもしれない。

西澤さんの「数を増やすのではなく、質を高める」という一貫した姿勢は、現代の観光業に新たな視点を提供してくれる。旅人が地域に深く関わり、地域が旅人を温かく迎える。同業者同士も異業種も連携し、競争し合うのではなく、「活かし合うつながり」が生まれる循環の中に、これからの観光の本質があるのだろう。西澤さんの絶え間ない挑戦は、私たちに観光のあるべき姿を問い直すヒントを与えてくれている。

[取材:株式会社ジャムセッションズ 井上良子]