レポート

株式会社アグティ

2026年10月08日更新

「働く」と「暮らす」の境界線を越えて — アグティが実践する、人中心の経営哲学

私たちの多くは、「会社」と「暮らし」を別々のものとして考えがちだ。仕事と生活のバランスを「ワーク・ライフ・バランス」という言葉で表現する時代に、「ライフの中にワークがある」という視点で事業を展開する企業がある

株式会社アグティ(京都府久御山町)は、医療福祉施設内の清掃業務やクリーニング業務を主事業とする会社だ。創業から30年を超え、従業員数230名を擁するこの企業が掲げるのは「会社は働く人のために存在する」という創業の信念。2代目社長として12年前に就任した齊藤徹さんは、この理念を体現する形で、働き方の多様性や地域コミュニティの創造に挑戦し続けている。

今回は齊藤さんに、アグティの理念に基づく経営とは何か、そしてその理念を次世代に向けてどうつないでいくのかについて伺った。

働く人のための会社づくり──「会社は働く人のために存在する」という理念

齊藤徹さん

「まずは、創業者の想いをきちんと言語化することが大事だと思いました。私が創業者と約15年一緒に仕事をしてきた中で、一番心に残った言葉を企業理念にしました。会社の理念の実現を通して、働く人たちだけでなく、みんなが暮らす地域や社会全体の健全性や豊かさに貢献していくという考えが根底にあります」

実は、齊藤さんが社長に就任した当初、明文化された企業理念は存在していなかった。社長就任1年目に、創業メンバーで現専務である古賀さんに「1年かかっていいから、会社の理念を明文化してくれ」と言われ、1年間かけて齊藤さん自身で導き出したものだという。

「会社は働く人のためにある」という理念は、はじめは多くの人がアグティで働いている人たちのことだと思うかもしれない。しかし齊藤さんは「アグティで働く人だけではなくもっと広くとらえている」と言う。この考え方が、同社の社会課題解決への取り組みにつながっているのだ。

社長就任から試行錯誤の日々へ──「迷いの5年間」を超えて

齊藤さんが就任してからの道のりは決して平坦ではなかった。会社の理念とご自身の性格との間で葛藤があったという。

「私は元々トップダウン型の管理志向が強く、この自分の性質は、働く人たちを幸せにしていこうという会社の理念とはそぐわないと自覚していました。この相反する二つにどう折り合いをつけて、乗り越えていくのかを模索したのが、社長就任後の最初の5年間でした」

その迷いの時期を乗り越えた時期に起きたエピソードが印象的だ。そのころ、1年越しに二度も会社で火災事故が起きた。この危機的な状況で、これまでの齊藤さんの性格からすれば全ての指示を出したくなる気持ちがあったはずだが、実際は何も言わずそのまま見守ることができた。非常事態だからといって、これまで続けてきた社員の自主性を大切にする経営スタイルを変えることなく、社員に考えてもらい行動してもらうことができたことが大きかったと齊藤さんは振り返る。

「私がみんなを信じればそれで済むことだとわかりました。ただ自分が不安になっているだけだなと。自分の足らないところを受け入れられたことが大きな変化だったと思います。それが結果として、社員を信じることにつながりました」

このエピソードからも、齊藤さんと従業員の間に確かな信頼関係が結ばれていることがわかる。それは単なる関係性の変化だけでなく、社長自身の内面の変化、そして従業員へ企業理念が浸透し、会社全体で理念を体現することにも繋がっていく。

まず「やってみる」というアプローチ

ACWA BASEの作業風景

齊藤さんが企業理念を実践していく中で、意識していることの一つが、「まずやってみる」という姿勢だ。社内の元々の風土や、変化に対する抵抗を変えていくためには、言葉や想いだけを伝えたところで進まない。

「人は見えたものしか信用しないということを実感しています。言葉で伝えるよりも、まずやってみて見えるものにして、共感を呼んでいく形でないと人の心は動かないと思っています」

その「やってみる」という姿勢から生まれたのが、ワークシェアリングのプラットフォーム「ACWA BASE(アクワベース)」だ。地域の住宅街に拠点を設け、「好きな時に来て、好きな時に働き、好きな時に帰る」という自由な働き方を提供する場所である。こうした取り組みが社員に与えた影響について、齊藤さんはこう語る。

「ソーシャルな活動が人手不足という課題解決にもつながりました。活動した結果、営業していなくても新しいクライアントが増えたり、地域の高校生が『雇ってほしい』と自ら応募してくるようになったりしました。実感として社内にも効果が見えています」

興味深いのは、こうした成果を狙ってやったわけではないという点だ。齊藤さんは「大事なのは間違いなく結果」と語る。まず行動し、その結果を見て次の一歩を考える。それを積み重ねた結果として、社会的価値と経済的価値の両立が実現しているのである。

「一つ進んで行動し、社会から受け入れられた後、次に進む時に『これは社内の人たちにとってもいい形にしよう』と考えました。この繰り返しでカスタマイズしていくことが大切だと思います」

社内への理念浸透と組織づくり

全社MTG

上記のような「まずやってみる」活動と同時に、企業理念実現のためには社長だけでなく社員全員に理念が浸透していることが重要だ。アグティではどのように理念を浸透させているのだろうか。

「理念は何よりも大切です。重要なのは、働く社員たち一人ひとりが『この理念は自分たちのためにある』と実感できることです。私たちは『会社は働く人のためにある』という理念を掲げていますから、主役はまさに働いている一人ひとりです」と齊藤さんは言う。

この理念を浸透させるため、アグティでは毎週の役員会、年1回社長と全正社員との1on1面談、月2回の全社ミーティング、そして月1回の「談密食堂(経営陣1名と社員5~6名の食事会)」などを実施している。これらの活動を通じて、「自分軸の自分事」と「社会も含めた人と人との関係性」という二つの価値観を知ってもらうことを大切にしている。

多様なステークホルダーとの共創

アグティの理念「会社は働く人のために存在する」は、社内の社員だけでなく、より広い意味での「働く人」へと視野を広げている。

「私が人を信用できるようになったことが大きな変化でした。これにより外部との連携にも積極的になり、自社だけでは見えない世界を経験できるようになりました」

このように齊藤さんは振り返る。

アグティは様々なステークホルダーとの関わりを通して、より広い社会的価値の創出を目指している。その一例として一般社団法人イノベーション・キュレーター協会が主催する「イノベーション・キュレーター塾」への社員参加では、内省や自己理解の深まりとともに、新たな人的ネットワークも形成されている。

興味深いのは、取引先などのステークホルダーとの関わり方を各社員の裁量に任せている点だ。

「担当者が変われば関係性も変わることがあります。バラバラになる可能性がありますが、経営理念という軸でつながることが大切です。『会社は働く人のため』という考えが立ち返る場所となっています」

個人の判断を尊重しながらも理念で一貫性を保つ手法は、多様性と統一性のバランスを取る独自のアプローチだ。社員一人ひとりの創意工夫を尊重しつつ、会社としての方向性も維持する新しい舵取りを実現している。

未来への展望──次の世代へのバトンパス

今、アグティの取り組みはさらに広がりを見せようとしている。そんななか、遠くない将来に次世代への経営バトンの引継ぎも視野に入れているという。

「そこが大きな1つのターニングポイントになると考えています。次の社長が自分のアイデンティティを大切にした経営をする中で、全く違う会社に生まれ変わってほしいと思っています」

次世代の経営者には「自分ごと化と覚悟」が必要だと齊藤さんは言う。

「会社のことや働いている人たちのことを自分ごととして捉えられなければ、しんどい時に逃げてしまう。そうすると、そのダメージを被るのは働いている人たちです。だから経営者には覚悟が必須で、その覚悟を持つためには自分ごと化が先決なんです」「ただ、自分ごと化と私物化は違う。しっかりと区切りをたもつために人間力や倫理観が大切だと思っています。」

アグティが示している「会社」という存在の可能性は、多くの経営者や働く人々にとって示唆に富んでいる。「会社は働く人のために存在する」という理念を、誰もが自分ごととして考えられるような言葉にしたからこそ、それが組織全体に浸透し、社会への貢献にもつながっているのだろう。

「いい感じ」という幸せの形

最後に、理念が浸透した社会はどんなイメージかを伺うと、齊藤さんはこう答えた。

「人生、いいこともあれば悪いこともある。うまくいくこともあればいかないこともある。でも全体を見たときに『なんかいい感じ』と言える人たちが増えたらいいなと思います。そんな人たちで生きている世界があったら素敵ですね」

その言葉には、理想とする社会の姿に対する齊藤さんの確固たるビジョンと、それを日常的な言葉で表現する素直さが表れていた。難しい経営用語や抽象的な概念ではなく、「いい感じ」という身近な言葉で表現する姿勢は、アグティの経営スタイルそのものを象徴しているようだった。

アグティは、会社という枠組みを超えて、地域コミュニティの中で「いい感じ」の関係性を紡ぎ出している。そこには、未来の働き方や暮らし方のヒントが確かに存在していた。

取材を終えて

齊藤さんへのインタビューを通じて印象に残ったのは、人間が幸せになるために「会社」という存在を「ただの器」として捉え、その器に入るものや器の使い方を常に問い続ける姿勢だ。多くの経営者が「事業の成長」「売上の向上」を第一に考える中、「働く人の幸せ」を軸に据え、それを社会全体の健全性へとつなげていく視点は新鮮だった。

また、齊藤さんが語る「ライフの中にワークがある」という言葉は、働き方改革が叫ばれる現代において、本質的な問いを投げかけている。仕事と生活のバランスを取るのではなく、生きることの一部として働くことを位置づけ直す。そして、働くことをきっかけに地域のコミュニティが形成されていく「ACWA BASE」の取り組みは、その理念を具現化したものだと感じた。

アグティの取り組みは、単なる一企業の事例を超えて、私たち一人ひとりが「働くこと」と「生きること」の関係を見つめ直すきっかけを与えてくれる。「いい感じ」という何気ない言葉の中に、齊藤さんの深い人生観と社会観が込められていることに、取材を通じて気づかされた。

[取材:株式会社ジャムセッションズ 河村翔/高橋啓太]