パプアニューギニア海産
2026年08月17日更新
目次
「争いのない組織」の実践 ― パプアニューギニア海産が紡ぐ新しい働き方
遥か海の向こうから運ばれてくる天然エビ。それを加工し、日本の食卓へ届けるパプアニューギニア海産。食品ビジネスとしての事業を着実に展開しながらも、同時に「争いのない組織」という独自の企業文化を築いてきた。
「パートさんが好きな日に連絡なしで出勤・欠勤できる」というフリースケジュール制度を導入し、従業員一人ひとりの生活を大切にする働き方を実現している同社。代表取締役の武藤北斗さんは、従業員同士の争いをなくし、互いの生活を尊重し合える職場づくりに取り組んでいる。
「争いがなければ全てうまくいく。組織にとって言えば人間関係が全て。効率よりも争わないことの方が大事なんです」と武藤さんは語る。その言葉の背景には、東日本大震災での被災体験と、それを機に生まれた「生きることと働くこと」への深い問いがあった。
「対話」から始まった組織の変革 —— 東日本大震災が与えた気づき

武藤さんがパプアニューギニア海産の代表取締役に就任したのは3年前。しかし、同社での実務経験は25年以上に及ぶ。
「入社したのは25歳くらいの時です。父が代表を務めていて、現地とのやり取りは父、国内での加工販売は私という具合にすみ分けていたので、代表になったからといって大きく変わったことはありません」
しかし、2011年の東日本大震災が会社と武藤さん自身に大きな転機をもたらした。それまで宮城県石巻市に拠点を置いていた同社は、津波によってすべてを失う。
「震災の時、多くの人が亡くなる中で、自分は何のために生き、死んでいくのかを考えました。2年ほど何もできない状態が続きましたが、その間に会社のあり方を問い直す時間ができたんです」
震災後に会社を大阪に移した当時、宮城から一人だけ社員が大阪についてきてくれた。しかし、武藤さんが何も行動を起こさない状態が続いたため、その社員も退職を決意。それがきっかけとなり、武藤さんは初めて従業員と本気で向き合うことを決意した。
「宮城では監視カメラをつけて、いかに従業員を思い通りに動かすかということを考えていました。それが工場や会社にとって重要なことだと思っていたからです。でも、震災とその後の出来事を経て、従業員の生活を大切にする本当の働き方について考えるようになりました」
「フリースケジュール」が生まれた背景 —— 「いつ休めるか」から「いつ働くか」へ意識を変えたシステム
2013年、武藤さんは「フリースケジュール」という独自の働き方を導入した。これは、パート従業員が一切の連絡なしで好きな日、好きな時間に出勤・欠勤できるというシステムだ。
「当初はうまくいくか不安でしたが、結果として出勤人数は減りませんでした。むしろ増えた面もあります。シフトを組んでいると、みんなの意識は『いつ休めるか』に向きます。でも、いつでも休めるとなると、休むことに価値がなくなり、『いつ働くか』という方向に意識が変わるんです」
フリースケジュールを始めた当初は、「最低週3日は来る」といった緩やかなルールがあったが、次第にそうした縛りも外れていった。一方で、組織が大きくなるにつれて、新たなルールの必要性も感じるようになった。
「小規模な頃は10人程度で、出勤者は6人前後。その時はルールをあまり作らない方がよかったんです。でも今は10人ちょっとの出勤者がいて、このわずかな人数の違いで、かつての形ではうまくいかなくなりました。ルールを決めて、そこに乗ってみんなが動く形にしないと『争い』が生まれてしまうんです」
「嫌いな作業はやってはいけない」 —— 自由と責任の新しいバランス

フリースケジュールに加えて、パプアニューギニア海産では「嫌いな作業はやってはいけない」というユニークなルールも設けている。1か月に1度のアンケートで嫌いと表明した作業は、その従業員にはさせないのだ。
「これも争いを防ぐための仕組みです。好きではない作業を無理にやらせると、不満が蓄積して人間関係にも影響します。誰もが嫌いなことに無理に取り組まないことで、結果的に仕事の質も効率も上がるんです」
この他にも、パート長の廃止、旅行のおみやげの禁止、忘年会・新年会の廃止、時給の統一など、独自の取り組みを次々と導入している。こうした取り組みを通じて、幅広い人材を受け入れることにも成功している。
「フリースケジュール」の意外な効果 —— 出勤者数は減らず、効率は向上
こうした取り組みは、単なる福利厚生の向上や理想論ではなく、経営的にも合理的な判断だと武藤さんは強調する。
「これは経営者の視点として、利益が出るからやっているんです。本当の意味での効率や長期的な利益を考えると、争いのない組織でなければ達成できません。争いがなければ自然と効率も良くなりますし、品質も上がり、利益も生まれます」
直感的には、フリースケジュールを導入すれば出勤者が減り、生産性が下がるのではないかという懸念があるかもしれない。しかし、実際には全く逆の結果が生まれた。
「フリースケジュールを始めた当時はパート従業員13人くらいだったのが、いろんな理由で辞める人もいて、3年で9人まで減りました。でも、人間関係が良好な状態で、自然に人が減ったことで、一人ひとりのスキルが上がったんです。結果、13人で作っていたものを9人で作れるようになり、売上は変わらないのに人件費だけが下がりました」
また、欠品や納期遅れなどの問題もなく、外部への影響も最小限に抑えられているという。
「実は売り方も工夫しています。普通はお客さんや時期によって価格を変えたりしますが、私たちはすべて同一価格。セールも依頼されたものは断り、余剰生産ができた時だけこちらからお願いする形にしています。そうすることで、出勤者数の変動にも柔軟に対応できるんです」
「争わない」組織の本質 —— 仲良くすることとは違う
パプアニューギニア海産の組織づくりで一貫しているのは「争わない」という考え方だ。しかし、これは単に仲良くすることとは異なる。
「仲良くすることは一切求めていません。むしろ、無理に仲良くしようとすることが、結局は誰かを排除することにつながると思っています。組織では、先に入った人に従わなければならないとか、みんなで仲良くしなければならないという暗黙のプレッシャーがありますが、それが誰かの退職につながっているんです」
武藤さんは、特にパート従業員が会社に求めているものは、同僚との友情や仕事のやりがいよりも、「ストレスを感じずに働いて、自分の生活を大事にできる」という生活スタイルだと考えている。
「争いが生まれる状態というのは、他人と比較したり、誰かのことがマイナスの面で気になって仕方がない状態です。そうなると気持ちが荒み、仕事に集中できず、結果的に離職率も上がります。だから、ストレスを感じずに働ける環境を作ることが何よりも重要なんです」
これからの展望 —— 「最終的な形はない」という気づき

武藤さんは、今後の展開について大きな計画を立てるというよりも、日々の対話を通じて生まれるアイデアを大切にしたいと考えている。
「震災後、会社を大きくすることへの執着がなくなりました。大きくなっていくためには、こだわりを少しずつ捨てていかなければならない。でも、小規模であれば自分の好きなことを突き詰められる。そちらの方が私には魅力的に感じるんです」
特に障害を持つ方々と共に働くことについては、さらに深く考えていきたいと話す。
「障害を持つ方々と一緒に働いていくことを、少し軽く考えすぎていたかもしれません。うまくいかないこともあり、改めてどう向き合っていくべきか考えているところです」
武藤さんは、多様性についても独自の視点を持っている。
「10人いれば、もう多様なはずなんです。見た目が違うとかそういうことではなく、本来は誰もが多様な存在。ただ、自分を出せていないから多様に見えないだけではないでしょうか。誰が来ても『本来は多様なんだ』と気づける組織にしていくことが重要だと思っています」
「平凡」の大切さ —— 苦しまずに生きられる社会へ
武藤さんが目指す社会像は、決して壮大なものではない。むしろ、「苦しんでいる人が少ない」というシンプルなビジョンだ。
「楽しいことをやるとか、好きなことを仕事にするというのは、ハードルが高すぎるんです。まずは苦しまない、嫌な思いをしないということが大切ではないでしょうか。平凡であることも実は簡単ではない。まずはみんなで平凡を目指す社会になればいいと思います」
震災を経て、人生における「死」の存在を意識するようになったという武藤さん。有限の人生だからこそ、よりシンプルに、より本質的な価値を追求する姿勢が、同社の独自の組織文化を形作っているのかもしれない。
「いつか死ぬということを明確に意識すると、判断が変わってきます。永遠に続くわけではないと理解すれば、より自分に素直な決断ができるようになる。そんな感覚があります」
パプアニューギニア海産の取り組みは、私たちに「働く」ことの本質を問いかけている。利益を追求しながらも、それぞれの生活と尊厳を大切にする組織のあり方は、これからの時代に求められる新しい働き方のヒントになるのかもしれない。
取材後記
取材を終えて強く印象に残ったのは、武藤さんの「争いのない組織」を目指す徹底した姿勢だ。一般的に企業の効率化というと、トップダウンの管理強化や成果主義の導入などが思い浮かぶが、武藤さんはむしろ逆の発想で、従業員が自由に選択できる環境を整えることで結果的に効率と品質の向上を実現していた。
東日本大震災という極限状況を経て、「何のために生きるのか」という根源的な問いに向き合った経験が、従業員の生活を第一に考える経営哲学につながっていることも印象的だった。「苦しんでいる人が少ない組織」「平凡を目指す社会」という言葉には、華々しさはなくとも、本質的な豊かさを追求する姿勢が表れている。
パプアニューギニア海産の取り組みは、これからの時代に求められる「働く」ということの本質を問いかけている。組織の成長よりも一人ひとりの生活と尊厳を大切にする武藤さんの姿勢は、私たち一人ひとりに「本当の豊かさとは何か」を考えるきっかけを与えてくれるのではないだろうか。
[取材:株式会社ジャムセッションズ 高橋啓太/河村翔]