有限会社匠弘堂
2026年09月02日更新
目次
伝統を未来へ紡ぐ - 100年先を見据えた匠の技と挑戦
京都市左京区静市に本拠を構える有限会社匠弘堂。代表取締役の横川総一郎さんが2001年に創業したこの宮大工集団は、伝統的な木造建築技術を受け継ぎながらも、現代に合った形で進化させている。驚くべきことに、創業時には平均年齢59歳だった宮大工と呼ばれる職人集団が、現在では平均年齢29歳へと若返り、日本の伝統建築業界の常識を覆している。
横川さんが大手家電メーカーを辞めて起業したのは、「数年持てば十分」という大量生産・大量消費のモノづくりに疑問を抱いたからだった。幼少期に訪れた銀閣寺や上賀茂神社の佇まいに深い感銘を受けた記憶が、「千年を紡ぐモノづくり」への憧れを育んでいた。
匠弘堂では「宮大工として生きる」という企業理念のもと、初代棟梁で師匠の岡本氏から受け継いだ仕事の向き合い方と技術を磨き、次の世代に伝統建築と匠の技を伝え続けている。先人の知恵が詰まった日本の木造建築を守り継ぐために、若い世代とともに挑む匠弘堂の取り組みから、私たち一人ひとりが考えるべき「日本らしさ」や「本当の豊かさ」のヒントを探る。
師匠から受け継いだ仕事への心構え
若手中心の活気ある会社のイメージが定着している「匠弘堂」だが、その根底には横川さんの師匠・岡本棟梁から受け継いだ教えがある。
「師匠がよく言っていたのは、どんないい大工さんでも、いい腕を持っていても、人間的に問題があったらいい仕事はできないということです。技術を『こうしなさい』と直接教えるよりも、人間としていかに在るべきかを教えることが大切だと。」
横川さんは師匠の言葉を『十二の教え』という一冊の本にまとめ、社員に配布している。 その中の一節を紹介してくれた。
「見える所は当たり前、見えない所ほど気配りをせなあかん。それが建物を強固にし、100年、200年と美しさを保つことができるんや。解体しても恥ずかしぃない仕事をせなあかん」
社寺建築では、100年や200年に一度の大きな解体修理の機会が必ずある。その時に100年前に手がけた大工たちがどんな仕事をしたのかが露わになる。今の自分たちの仕事ぶりを100年後の職人が見ても「絶対に恥じることのない仕事をする」という精神を大切にしている。
普段から新入社員には挨拶はもちろん、靴を脱ぐときは必ず揃えること、そして自分の靴だけでなく他人の靴も揃えてあげることを教え込むのは、「精神が整うといい仕事ができる」という、岡本棟梁の教えに基づく考え方によるものだ。

伝統産業全体が抱える担い手不足の本質
一般的に担い手不足が課題と言われている伝統産業だが、意外にも「宮大工になりたい若い世代が実は多い」と話す横川さん。でも、世の中にどんな宮大工の会社があるのか、情報がどこにも載っていないし探す術がないのが問題なんです。」
ハローワークなどの一般的な求人サイトでは、土曜出勤が当たり前といった宮大工業界の特性と合わず、情報が掲載されにくい。以前から「業界団体がちゃんと情報をまとめたサイトがあれば、若者ももっと就職活動がしやすくなるのに」と感じてきたこともあり、創業当初からウェブサイトを活用した広報活動を行い、業界内では珍しい情報発信を積極的に行ってきた。
伝統産業の世界では自分の仕事をPRするという発想自体が未熟で、徒弟制度のもと外部から採用する必要性を感じない会社も多かった。
「業界で最初にウェブサイトを持つ宮大工の会社になろうと思って」創業時に取り組んだ結果、サイトを公開してわずか2ヶ月後には新人を採用。その後も全国から若い人材が集まり、平均年齢を30歳も若返らせることに成功した。現在の従業員は9割が京都以外の出身者だという。さらに予想外の効果として、テレビや新聞の取材、修学旅行生や海外の大学などからの見学依頼も舞い込んできた。

伝統産業において人材不足は、単に企業にとっての問題だけにとどまらない。
宮大工の技術は室町時代にはほぼ完成していたため、基本的な技術は何百年も前から変わっていない。「特許を持っているわけでも、特別な秘伝があるわけでもない。でも、その技術を受け継ぐ人がいなければ、消えてしまうんです」と横川さんは話す。日本らしい景観を形作る寺院・神社は全国に16万軒あると言われるが、宮大工の技術が途絶えてしまえばそれらの景観も失われる。実際に見た目は「社寺っぽい」が、細部の造形や構造が本来の社寺建築とは異なる「残念な建造物」も少なくないという。
さらに、横川さんは、宮大工だけでなく、瓦葺師、左官、錺師、石工など社寺建築に関わる様々な職人の技術を総合的に守っていく必要性も強調する。「宮大工だけではお寺や神社は維持できない。周囲の職人たちも一緒に技術がしっかり残せる仕組みづくりが必要です。」
時代の変化に応じて、何を取り入れ、何を守るか
基本的な技術は数百年前から変わらない宮大工の技術だが、匠弘堂も時代に合わせて進化を続けている。しかし、何でも新しい技術を取り入れればいいというわけではない。横川さんは、デジタル技術をどこまで取り入れるべきか、伝統工法を守る匠弘堂にとってその判断は難しく、常に葛藤している。
「今はデジタル技術の発達がすごくて、設計も手書きではなくパソコンを使うのが当たり前になっています。でも、新しい技術に飛びつくことが、必ずしも良いとは限りません。一時的に流行した技術でもすぐに時代遅れになり、100年後200年後に修理する時に、次の世代の職人が困ることになるんです。」
文化財修理の現場においても、その時々の最新材料や工法で修理されることはよくある光景ではあるものの、当時は革新的と思われた技術も、後に「間違いだった」と評価が変わり「一見良さそうに見える最新技術でも、文化財を傷めてしまうこともある」と指摘する。
建築界隈では、最新技術を使って効率化を図りたいというニーズと、伝統的な工法を守りたいという想いの間で常にジレンマを抱えることになる。案件によっては、効率性を重視する発注側との価値観の違いに苦労することもある。しかし、横川さんは、「今のニーズも大事だが、100年後、200年後まできちんと手渡していくことも大切」と説得を続けている。
時代が変化しても、未来の世代への責任を意識した姿勢が、匠弘堂の仕事の根底にある。
一方で、匠弘堂では若手育成のために、現代に合わせた独自の徒弟制度を導入している。 新入社員は最初の2年間を契約社員として過ごし、自分の適性や志向を確かめる期間とする。これにより、正社員登用後のミスマッチによる退社がゼロになったという。
「実際に働いてみて、若手が『やっぱり自分がやりたいことではなかった』と気づくこともある」と横川さん。「その場合は転職先を斡旋することもあります。数年後に本人や斡旋先から感謝されることもあり、現代の働き方や若者のキャリア観に合った制度になっていると思います」
「オープンファクトリー」と社会への発信
若手の採用以外にも匠弘堂がとくに力を入れている取り組みが、社寺建築や宮大工の魅力を広く社会に伝える活動だ。「オープンファクトリー」と呼ばれる工房見学・体験イベントへの参加を通じて、一般の人々が宮大工の仕事に触れる機会を定期的につくっている。
「宮大工と触れ合う機会が本当に少ないんです」と横川さん。「宮大工という言葉は聞いたことがあっても、実際に会って話をしたことがある人はほとんどいない。文化財の修理現場が一般公開されることもありますが、平日の数日間だけで告知も限られています。」

オープンファクトリーの反響は大きく、「社寺建築の素晴らしさが改めて分かりました」「頑張ってください」といった応援メッセージも多く寄せられるという。中には、オープンファクトリーに参加した学生が宮大工に魅せられ、匠弘堂の社員になったケースもある。
さらに、これまでに約200件以上の見学を受け入れてきた匠弘堂には、一般の人だけでなくトヨタ自動車やパナソニック、サントリーといった大企業も訪れている。大手企業はデジタル技術が発達する中で、伝統技術から学べるものを探しているのだという。
このような社会に対する発信は、SNSの活用も積極的に行い、とくにInstagramでは6,000名以上のフォロワーを獲得。伝統産業でありながら、現代的なツールを活用して若い世代との接点を増やす努力を続けている。
伝統建築から考える日本らしさと文化の継承
横川さんに長期的に実現したい社会像について尋ねると、「日本らしさを取り戻した社会」という答えが返ってきた。
「日本人は新しいもの好きで、海外のものの方がいいという価値観がどうしても強い。明治以降、欧米に追いつこうとして日本的なものをどんどん排除してきた歴史があります。」
興味深いことに、日本の文化や技術が評価されるのは、一度海外に出て外国人に認められてから逆輸入されるパターンが多いという。「日本人は自分の国のすごさに気づきにくい」と横川さんは指摘する。
「日本独自の気候風土に耐えるために、何百年も1000年以上の歴史の中で、日本の木造建築は進化してきました。それが室町時代には完成され理解されていたのに、海外の影響や効率重視により、現代の日本の住宅は日本文化の良さを失ってしまった。」
日本らしい景観をもう一度取り戻すためにも中心的な存在となるのが、お寺や神社だ。

「日本は元来『木の文化の国』なのに、現代人は木のことをほとんど知りません。環境保護を考えるなら、木をしっかり使う循環社会に戻すことが大切。そこで社寺建築のような木造建築が果たす役割は大きいんです。」
オープンファクトリーのような体験の場を提供することで、とくに子どもたちに「木育」の機会を作りたいと考えている。「木育」とは、木材や木製品との触れ合いを通じて木材への親しみや木の文化への理解を深めてもらう教育のこと。木造建築の素晴らしさを実際に見て触れて体験することで、子どもたちの感性を育てる取り組みだ。
さらに横川さんは、建築という有形の文化だけでなく、日本人の心のあり方についても言及する。デジタル技術や情報があふれる現代社会において、私たちは何を失いつつあるのか。
「便利さと引き換えに私たちが失っているものを見直さないといけないと思います。寿命は伸び、医療は発達し、世の中は豊かになったはずなのに、精神面ではあまり幸せを感じられない社会になっているのは寂しいですね。」
匠弘堂が可能な限り国産材を使用し、石油化学系の材料は極力使わないという姿勢を貫いているのも「日本の材木を利用することは、野山を整備し自然を守ることにつながる」からだ。
100年先の未来につなぐ、伝統産業の展望
匠弘堂の取り組みは、高齢化や後継者不足という伝統産業の課題に対する一つの解決モデルを示している。伝統技術を守りながらも、必要に応じて現代の価値観を柔軟に取り入れ若い世代に伝えていく姿勢は、他の伝統産業にも大きな示唆を与えるものだ。
「当社に新卒で入社した若者がイキイキと働く姿を見ると、伝統産業の未来は明るいと確信すると同時に、今後はより業界全体で伝統技術が継承されるための取り組みに力を入れていきたい」と語る横川さんは、宮大工の技術継承にとどまらず、担い手不足の伝統産業と若者をマッチングする活動も検討しているという。また、社寺建築を通じた「循環型社会教育」実践と発信にも取り組みたいと考えている。
「見えるところは当たり前、見えないところほど気配りを」という初代棟梁の言葉は、宮大工としての職人魂を表すと同時に、匠弘堂の企業姿勢そのものを表している。現代社会において、目に見える短期的な利益や効率だけでなく、100年、200年先の未来を見据えた仕事の姿勢は、私たちの社会全体が見失いがちな価値観を思い出させてくれる。
「美しい日本の景観を守るために、建築を通して見える日本の記憶・歴史・文化を、宮大工の力で残していきたい」という横川さんの言葉からは、単なる建築技術を超えた、日本文化そのものを未来へつなぐという強い使命感を感じる。そして、若い匠弘堂のメンバーと共に「宮大工の仕事で世の中を幸せにしたい」を本気で実践できるよう邁進する姿は、清々しい空気で満ち溢れている。

取材後記
取材を終えて強く印象に残ったのは、横川さんの「100年後、200年後の人たちのために」という言葉だ。私たちの多くは数年先、せいぜい数十年先までしか考えずに生きている。しかし社寺建築の世界では、何百年という時間軸で物事を捉え、未来の世代への責任を果たそうとしている。
また、横川さんが語る「日本らしさ」についての想いも心に響いた。便利さや効率を追求するあまり、私たちは本当に大切なものを見失っているのかもしれない。古いお寺や神社を訪れた時に感じる不思議な安らぎは、そこに先人たちの思いと技術が凝縮されているからこそなのだろう。
匠弘堂の取り組みは、単なる伝統技術の継承ではなく、私たちの生き方そのものに問いを投げかけているように感じた。何を守り、何を変えていくべきか。その答えを見つけるヒントが、横川さんと匠弘堂の姿にあるのではないだろうか。
[取材:株式会社ジャムセッションズ 井上良子/河村翔]